水色の自転車

                                       校長 大坪 辰也
 3月末のこと。
 年度末大掃除といわんばかりに、自宅外にある、ちっちゃな倉庫の整理をしていました。よくもまあこれだけ押し込んだものだと我が目を疑うくらいいろいろなもの(発泡スチロール、扇風機の空箱、携帯電話の説明書、突然煙を吐き小規模の爆発を起こしたストーブ)があり、「粗大ゴミ」あるいは「資源ごみ」として、清掃工場へ届けに行くことにしました。

 そんな中ビニールシートにかぶさっている、“ちっちゃなもの”を発見。息子にはじめて買った“水色の自転車”でした。最初は補助輪がついていたが、いつやらかにはずし、そして今は変速○段などという、27インチの自転車に様変わり。そのはじめて買った自転車は、次男、三男へと乗り継がれたものでした。 その初めて買った水色の自転車は、まったくもって気付かないうちに、倉庫の片隅へ追いやられ、いつの間にか忘れられた「モノ」になっていたのでした。
 そんな自転車を見るやいなや18歳の三男に、「この自転車のってみるか」と聞くと、『もうのれん。』と。「だとすると、この自転車はどうなる?」『わからん・・・』

 私は戸惑いました。「この自転車、捨てるんやよ」の言葉を発するのに、ものすごくためらいがあり、いろいろ迷い「もう一回のれ」と無理やり言って、乗せ、写真撮影。そして、言葉を伝えた。「この自転車、なくしてくるよ。」『うん、いいよ』「・・・・・・。」

 まあ、こんなもんである。

 自分だけ、落ち込んだ妙に切ないやりきれない気持ちで、清掃工場へ向かいました。道中様々なことが頭をよぎります。自転車を買いたいと言ってきたときのことや、補助輪をはじめてはずして乗ることができた時や、田んぼに落ち込んで真っ黒になって家に帰ってきたことや・・・・。そんな思い出があるものを捨ててしまうのかと思うと、かなりやるせない気持ちになりました。埋立地
 埋立地に着いたら、写真のような光景でした。そんな状況の中に、捨てられていくかと思うと、心がかなり苦しくなりました。また、「突然煙を吐き小規模の爆発を起こしたストーブ」であっても、私たちを暖かくし、また“温かく”もしてくれたものなんだと思うと、ゴメンなと言って、状況にそっと置くしかありませんでした。

 いよいよ、“水色の自転車”。迷いに迷って車から取り出した・・・・。

 すると係の方が、「自転車はリサイクル用品置き場へもっていってください」と伝えられた。「えっ、そんな場所あるんですか?」「ハイ、2番を上がっていき、左のほうへずっと行ってください。」「わかりましたあ!」慌てる必要もないが、なんだか急にうれしくなってしまい、慌てて車に乗せ、その場所へと向かいました。すでに何台かあり、そこの係の方に尋ねると、修理をして、リサイクル品として扱われるということでした。水色の自転車とってもうれしくなって、何度も何度も頭を下げ、そこから移動しました。

 自宅に帰り三男に伝えると、「ふ~ん」。