shirakawa go around

17.04.15

下山勝巳

白川村の楽しみ方

100年前の白川村を記した本

はじめまして。下山です。

ちょっと、他のライターさんとは毛色の違うマニアックにもほどがある記事が多くなるかと思いますが、よろしくお願いいたします。
自分の趣味全開なので、読んでくださる方に喜んでいただけるものやらどうやら不安ではありますが、がんばってみようと思います。

さて、第1段。

書籍のご紹介です。
今後の記事の中でいくらか抜粋してご紹介することがあるのと、あと、読み物として非常におもしろいものなのでご紹介します。

川口孫次郎「飛騨の白川村」(1934年)

hida_shirakawa01

本を書いた川口孫次郎という方は、南方熊楠や柳田国男と同じ時代に鳥類学者として名を馳せた方。

現在の斐太高校の前身である斐太中学校の校長をつとめていたこともあります。

この「飛騨の白川村」という本はその川口孫次郎氏が飛騨にいた大正5年から大正7年(1916年~1918年)にかけて白川村で行った実地調査などを元に、昭和9年(1934年)に高山市の発行所から発刊された書物。

つまり、100年以上前の白川村の様子が描かれた本なのですよ!!

写真はわずかですが、その頃の写真もいくつかあります。

100年前の長瀬集落

hida_shirakawa03

100年前の平瀬歩危

hida_shirakawa02

 

どうですか!!奥さん!!!

「でも、そんな本、そうそう簡単に手に入らないんじゃないの?」

いいえ!!!奥さん!!!

今なら!!!

ただで!!!

無料で!!!

スマホやパソコン、インターネット回線をご利用の方ならば!!

誰でも!!

どこでも!!

読めてしまうんです!!!!

google books
川口孫次郎 「飛騨の白川村」
https://books.google.co.jp/books?id=YhQkJFh9jbYC

著作権の消失した本は無料で読めるので、結構貴重な文献が読めたりするのです。
ありがとう、google!!!

あ、昭和初期の書物で文語体で書かれているので、慣れてない方は読むのがちょっと大変かもしれません。

さて、序文を口語訳して読みやすくしたものを、抜粋します。

 

川口孫次郎 飛騨の白川村 

 

自序

 

この書は大正四年から同じ七年までの間における、白川村の実地観察と調査とを基本としてそれに各種既存の記事を参考にとってできたものである。
日々、激甚に変わり始めた白川村の状態、とりわけ、その大家族制について、できうる限りの昔のありのままをのこしたいとの思いから、せめて私の観察期間の現状だけでもと考えて、そのありのままを公にすることにした。

大家族制の起因及び始祖に関する推論はなお余地があろう。私はただ、事実に基づいてできうるだけにとどめておく。
そして、それが何らかの私心によるものでなく、無色透明の態度で記し、遺したことを明言する。

飛騨を出てからここに十有六年。今、近く鉄道の開通することを耳にして感慨のさらに深きものあり。すなわち宿志を果たして、報謝のためにこの一篇を飛騨の知友に献ずることにした。

昭和九年 九月八日
大隈粟野岳中腹の茅舎に立籠りて
著者謹んで識す。

 

昭和9年(1934年)は高山本線が全通した年。その年に、この本は高山市の出版社から出版されています。
巻末の後書きを読むと、そこにも、また何かドラマがありそうです。

川口孫次郎の見た大正時代の白川村には、今では失われてしまったものごとや、知識があったようです。
また、いまでもなお引き継がれ続けていることも描かれており、ある種感動を覚えます。

ぜひ、ご一読ください。

この記事を書いた人

下山勝巳

下山勝巳

白川村生まれ、白川村育ちの会社員。趣味できのことったり山菜とったりきのことったり、古い文献に触れてみたり、昔の古い時代の話を調べたり、口伝を記録してみたり、わりと変わったことに興味もってみたりしています

RELATED ARTICLES

関連する記事